2019年09月21日

平清盛創建の社、若一神社

当院から西大路通を南に進むと大きな楠に沿って道路がカーブしています。ここにあるのが若一神社。平清盛が辺り一帯に壮大な邸宅を構えていた場所です。清盛は朝廷と密接な関係にあったため、この辺りは「御所ノ内」という地名がつきました。

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若一神社の起源ですが、その昔、威光上人が熊野詣時に若一王子の御神体を持ち帰り、この地の古堂に御神体を安置したそうです。しかし、異変により御神体は土中に埋まってしまいました。
仁和元年(1166年)、熊野に参った清盛に「邸内の土中に隠れている御神体を世に出し奉斎するように」とお告げがあります。清盛が三尺ほど掘ったところ、若一王子の御神体が現れました。社を造り、開運出世を祈ったところ、翌年清盛は太政大臣に任じられます。このため、若一神社は「開運出世の神社」といわれるようになりました。

宮司の中村さんに伺った若一神社の見どころベスト3は①平清盛手植え楠、②束帯姿の清盛像、③祇王歌碑だそうです。

①平清盛手植え楠
樹齢800年を超す大樹です。
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開運出世の神社、若一神社に一度足を運んでみてはいかがでしょうか。


若一神社
京都市下京区七条御所ノ内本町98番地
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2019年08月09日

島原大門

下京区には、日本最古の公許遊郭島原の正門である「島原大門」があります。
一間幅、本瓦ぶき、切妻の高麗門で、傍には柳の木が佇み、大門から続く道には石畳が敷かれています。

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豊臣秀吉が京都を再興したときに二条柳馬場に公許した花街が、後に六条坊門(現在の東本願寺の北側)に移され、その後の京の町の発展に伴い、寛永十八年(1641年)、市街地の西に当たる当時の朱雀町に移りました。正式には西新屋敷と呼んでいました。
その急な移転騒動が、九州で起こった島原の乱の直後であったため、それになぞらえて「島原」と称されるようになったそうです。
幕末には、討幕派の勤皇志士たちや、新選組の隊士たちが足繫く通いました。

大門を抜けると、当時の面影を残す建物が残されています。
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2019年07月26日

京都の西の玄関口「梅小路京都西駅」

JR嵯峨野線の梅小路京都西駅は2019年3月16日に開業したばかりの新駅です。

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駅名には、まず、京都市による公募で最も多いキーワード「梅小路」を使うことが決められました。そして、京都駅から電車で3分、歩いても20分程度であるため、「京都駅のすぐ西側」という意味合いを込めて「梅小路京都西駅」と命名されたそうです。

駅の周囲には、京都鉄道博物館、京都水族館、梅小路公園があります。梅小路公園では、定期的にイベントやマルシェが開催されており、家族連れが集まるレジャースポットになっています。


小さい子どもからお年寄りまで、たくさんの方に利用していただくために、駅周辺にはこのような工夫がされています。
① 梅小路京都西駅から七条通北側への回遊性を高める歩行者専用橋
エレベーター2基設置によるバリアフリー。屋根があるので、雨の日も安心です。
② 駅に隣接する七条入口広場梅小路公園の歩行者空間
歩道は車椅子やベビーカー通過時の振動を抑制するバリアフリー舗装です。


JR嵯峨野線は嵐山方面へのアクセスも便利です。
梅小路京都西駅、ぜひ利用してみてくださいね。
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